MAMx札幌演劇シーズン2019『父と暮せば』リレー朗読公演出演 福吉美津江役

沼田花香です。
私が過去に出演したリレー朗読公演「父と暮せば」について振り返ります。
2019年出演 井上ひさし作「父と暮せば」について
「父と暮せば」MAMx札幌演劇シーズン2019
脚本:井上ひさし
演出:増澤ノゾム
企画:MAM
場所:シアターZOO
公演日:2019年11月27日(特別企画)
本作は井上ひさしの名作戯曲であり、終戦後の広島を舞台に被爆した父の亡霊と娘を描いた二人芝居です。こまつ座が1994年に初演、2004年には映画化もされています。
一人生き残った負い目から自らに恋を禁じ、早く死んでしまいたいと語る娘・美津江を、亡霊として現れた父・竹造が恋の応援団長として励ましていきます。
拭いきれない過去と、明らかになっていく真実。父の願いが底なしの絶望から娘を蘇らせる、魂の再生の物語です。
人生二度目、ヒロインオーディションへの挑戦
2018年夏、二度の舞台を終えた私はTwitter(現X)でまたしても魅力的なオーディション情報を見つけてしまいました。なんと札幌演劇シーズン2019冬上演のMAM主催「父と暮せば」ヒロインの「福吉美津江」役の募集がかかったのです。
「札幌演劇シーズン」とは、過去に札幌で上演され、高い評価を獲得した名作の数々をロングランで再演するプロジェクトです。
「父と暮せば」は札幌でも幾度となく上演されている作品で、ぜひ挑戦してみたいと思いました。
自分のような演技初心者がこのオーディションを受けるなんて笑われるだろうか、という考えが一瞬頭をよぎりましたが、そんなことを言っていては何も始まらないと思い直して、応募を決めたのでした。
オーディションには多くの人が参加したと風の噂で聞きました。
後日受けた不合格のメールには「まあそうだよなあ」と思ったのですが……続いてもう一通のメールが届いたのです。
そこには、今回のオーディションで可能性を感じた新人4名を選び、「父と暮せば」の4場面をリレー式で朗読する特別公演を行いたいということ、そこに良ければ参加してほしいということが書かれていました。
勿論、即答で出演したいですと返信をしました。そしてあまりの嬉しさに飛び跳ねながら、キッチンに立つ母に報告をしました。
すごいことが起きたのだと、その喜びを母に伝えたくて仕方がありませんでした。
おとったんたちと美津江たち

特別公演でおとったん(竹造)を演じてくださったのはなんと斎藤歩さん。
俳優としてのご活躍は勿論、映画「サマーウォーズ」の陣内侘助のCVなども担当されており、札幌演劇を牽引してくださっているような存在であると思います。
私は侘助おじさんが好きなので、その声の持ち主である斎藤さんと共に舞台に存在できたことはとても嬉しい経験でした。
演出をしてくださったのは増澤ノゾムさん。特別公演ではト書きを読んでくださり、本公演ではおとったん役も務めていらっしゃいました。
他にも、本公演でおとったんを演じる松橋勝巳さん、剣持直明さんとおとったんが沢山。
美津江に至っては、本公演の松村沙瑛子さん、高橋海妃さん、山木眞綾さんのトリプル美津江と、特別公演の麻生真由さん、本保南美さん、中野葉月さんと私の総勢7名。
みなさんとても魅力的な演技をされるので常に学びのある環境に身を置くことができました。
主宰で演出の増澤さんは、本当にお父さんのような温かみと優しさがあり、人の演技のチューニングをするのがとても上手な方なんだなあと感じました。
その役にはどういう背景があって、どんな心の動きで、どんな感情になるんだろう、と、台本には直接書かれていないけれど読み取ることができるような「サブテキスト」の理解を促してくださるので、自然と心が変わり、演技が変わっていく。
こうしなさい、と言われた記憶はないのですが、魔法のような言葉のかけ方に自分の演技が変化していくのは少し不思議な感覚で、すごいなあと思うばかりでした。
戦争の痛みはいかほどか
「父と暮せば」は戦後を描いた作品です。しかし私は、ありがたいことに戦争をいまだ経験したことがありません。原爆によって友人も家族も失った美津江の痛みにどれだけ寄り添えるか。この作品を演じるのであれば、知らなければならないことが多くありました。
経験をしていない以上、原爆資料、写真、被爆者の声を取り上げた記事を沢山見て、イメージをするしかありませんでした。広島の方によって演じられた「父と暮せば」の音源を増澤さんにいただいたりして、広島の方言や訛りについても少しずつ学びました。
本当はもっともっとできることがあったんじゃないかと、2019年以降も思うことがありました。舞台が終わっても、いまだに台本を大切に読み返すことがあります。私が演じたのはたった一場面ではあるけれど、8月が来ると思い出します。
あるとき札幌の地下歩行空間に、被爆者の体験談を聞いた学生たちによってリアルに描き起こされた絵が展示されていたのを見ました。そこで私の足が止まったのは、このときの演劇体験の引力によるものもあるのだろうと感じています。
私はこの先もこの作品を考え、忘れないでいること、忘れられないように演じていくことで平和を祈りたいと思っています。またいつかこの作品を演じたい、苦しい中にある大切なことを思い出したいと思うのです。
「おとったん、ありがとありました。」
特別公演の本番では、本公演で使用する舞台セットの中で軽く動きながら朗読を行うことになりました。
第一場を担当した私は開場中、何故か相当緊張していて内心吐きそうになりながら待っていたことを覚えています。昔ワークショップで教わった緊張のとき方を実践しましたが、うまくいかず。
この緊張感もなかなかにいい経験だったと思います。
実は、私はこの公演以降、演劇から長く離れることになります。看護学生や看護師として忙しく過ごす日々が始まり、時代はコロナ渦に突入するからです。
しかし、2024年に舞台に戻ることができました。
更に2024年夏、増澤さんのワークショップが札幌で開催され、増澤さんや高橋海妃さんと久しぶりに再会することになるのです。
私の演劇人生で大切な「父と暮せば」という作品が運んでくれた縁と再び繋がれたことで、私の中でまた、何かが変わったような気がしています。演技好きな人が沢山集まったワークショップで刺激を受け、演技の楽しさを改めて感じることができました。
やがて2025年に上京を決めたわけですが、こういった出会いや繋がり、受けた刺激の一つ一つがスイッチのようなもので、私の背中を押してくれたのだと思います。
この先も大好きな作品と繋がり続け、縁を広げていけますように。
当時関わってくださったすべての皆さまへ、心からの感謝を込めて。